─ダウンをしない 前日─

 

「レイ、ちょっとこっちに」

 レイがサンドバッグを叩いていると、事務室の方からサトエの声がした。

「はーい」

 グローブを外して汗を拭い部屋に入ると、サトエはビデオを見ていた。レイの前回の試合だ。

「ちょっとそこにお座りなさい」

「はい?」

 サトエはビデオを巻き戻し、再生した。

「ここで問題です。前の試合、セコンドで私はどんなアドバイスをしたでしょうか?」

  レイは手をひらひらさせて笑った。

「あははー。あの時は疲れて頭がボーっとしてたから憶えてないですよ」



 サトエの額に血管が浮き出たが、レイはそれに気づかない。

「あっはっは。じゃあこのビデオ見てもらえる〜?」

「ん?これは私が判定負けした試合ですね」

「そうそう。相手がアウトボクサーだから落ち着けって言ったんだけどね・・・」

 フットワークを使って逃げ回る相手を、猪突猛進に追い掛け回すレイが数ラウンドに渡って映し出される。

「さあ、何か反省点を言ってみなさい」

「あそこまで逃げに徹底されると無理ですよ。ガードも固かったし、後少しだったんですけど」

ぺしっ!!



サトエは机の上の定規を手に取り、レイのおでこをひっぱたいた。

「このおバカ!大学行ってるんだからもう少し頭を使いなさい!!」

「あいたたた・・・そんなこと言ったって・・・」

「それからこれっ!」

 サトエはボクシング雑誌のページを開き、レイの前に突き出した。そこには小さなスペースに、ラウンドガール姿のレイが載っていた。

「試合の後反省会を開こうと思ってたらすぐどっか行っちゃって・・・こんな事してたなんてあんたって娘は〜!!」

 レイの顔が引きつり、急速に青ざめる。

「あ、あは、あはは・・・この時はちょっとフトコロが寂しくて・・・」

「言い訳しないっ!」

ぺしっ!!

「あうっ!」

「今日から特訓を始めます!あなたに拒否権はありません!!」

 

 サトエはひたすらスパーリングをしてレイを鍛え込むという。

 レイが準備をしてリングへ向かうと、サトエがリング上でコーナーに寄り掛かっていた。

「ひょっとして、スパーの相手って・・・」

「もちろん私よ」



「えええええ!?」

「ホラッ、さっさとリングに上がる!!」

 レイは顔を青くして渋々リングに上がった。ジムの中でもサトエの実力はずば抜けているのだ。

「マイちゃん助けて〜」

 レイはリング下でゴングを鳴らそうとしているマイに懇願した。

「無理ですよ。だってサトエさんのオーラが・・・」

 マイがサトエにちらりと視線を向け、レイもそれにならう。

 にこやかな笑顔に青筋を立てているサトエからは、殺気のようなものが感じられた。

「ひぇぇ・・・」

「じゃ、鳴らしますね」

 カーン!!

「ボクシングの頭の使い方を頭に叩き込んであげます。かかってらっしゃい」

 こうなればヤケだ。レイはサトエに向かってダッシュした。まずは左ジャブを二発放つ。
 
 サトエはそれをスウェーバックで難なくかわす。そのままサトエは距離をとり、レイを中心に円を描くように動き始めた。

「さあ、こんな相手にはどうするの?」

(え〜と、右回りに動いてるから・・・)

 レイは右フックでサトエの動きを止めようとする。が、

「甘い!!」

 サトエはダッキングでパンチをかわすと、そのまま左ボディ、右のショートアッパーへとコンビネーションをきめる。

 無防備な体勢のレイはアッパーをまともに受けると、尻もちをついてダウンした。

「単発で大振りなパンチを出したって駄目よ。いいカモだわ」

「う〜ん」

 頭を振って立ち上がるレイ。

(今度はもっと慎重にいかないと)

 再び距離をとったサトエにじりじりと近づき、ジャブを出して警戒するレイ。サトエは丁寧にそれをブロックし、ジャブを返す。

「さあ、ポイントはこちらが上よ。どう挽回するの?」

「くっ・・・」

 レイは必死にサトエの動きに喰らいつこうとするが、サトエの軽いフットワークはレイのそれを凌駕していた。

「レイ、ボクシングで重要なのは、パワーとテクニックだけじゃないわ」

 サトエの動きが反転、一瞬にして自分のリーチ内に入り、体重の載った右ストレートを繰り出した。

 何とかガードしたレイは反撃しようとするが、目の前にサトエの姿は無い。

(え・・・右!?)

 見つけたときには既に遅く、視界には赤いグローブが広がっていた。

 

 バシャッ。

 顔に水をかけられてレイは跳ね起きた。

「大丈夫ですか?先輩」

 バケツを持ったマイが、心配そうにレイの顔を覗き込んでいる。レイの目の周りにはうっすらと痣が浮かんでいた。

 レイは座ったままサトエを見上げた。



「あの右ストレート、おとりだったんですか?」

「お、わかってるじゃない。そうよ、大事なのはここ」

 そう言ってサトエはレイの頭をポンポン叩いた。

「久しぶりの試合も近いんだし、これからもガンガンいくわよ」

 レイの顔つきが変わった。真剣な目でサトエを見据える。

「お願いします!!ボクシングの頭の使い方、教えてください!!」

 サトエは満足そうに頷いた。

 

                       ─「ダウンをしない」本編へ続く─

ヨシコさんから小説をいただきました!!とてもよい文章力であります!!

すばらしい作品でございます!!この作品に挿絵をつけさせていただきました!!

でも色々といろがつけられなかったのが残念におもっています・・・。ほんと申し訳ありません・・・。

でも少しマンガみたいなイラストにしてみましたのでこれでゆるしてください!!!ヨシコさんありがとうでした!!

モドル
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